カリフォルニアの大学病院にあるICUで看護師をして7年目。 ICUの中で起こる日々のドラマ。 アメリカの命の現場から生の声をお届け! アメリカ医療の裏側やナースの日常を覗いてみませんか? まずは「ハイライト」内の記事からチェック!!
今日、(あ、もう日付変わって昨日だ・・・)年末年始を日本で過ごすため、帰国しました!
『悲しみに暮れたクリスマス』から数日、少しずつではありますが、
日に日に悲しみから回復しつつあります。
この記事に対して、ブログ読者の方々から温かいコメントをいただき、
精神的に大きな助けとなっています。
お気遣い、心から感謝致します。
実を言うと、クリスマス当日、おじさんを亡くしたこと以外で
更にショックに陥り途方に暮れた瞬間がありました。
それは携帯メールのやり取りによるもの。
とても親しい仲の人に、ジョニーおじさんが亡くなってとても悲しい
という内容のメールを送ったのですが、その返信が、
「そっか。。。 ご愁傷さめでした。」 のみ。
私はこのメールの返信を見て、ショックですごく傷ついてしまいました。
まず、タイポ。
「様」が「さめ」になっただけの小さなことだし、誰にでも間違いはあるけれど、
こういうデリケートな内容の際のタイポは、なんだか軽くあしらわれているようで、
決していい気がしません。。。
そして、何よりもこの内容。
「ご愁傷様」はお悔やみ言葉の決まり文句ですし、間違いではないのですが・・・
親しい仲の人からのメールということを踏まえると、ショックでなりませんでした。
なんだか、とてもよそよそしくて。。。
アメリカにいる実の家族のようなジョニーおじさんを亡くして、
一人ぼっちになってしまう不安感と淋しい気持ちでいっぱいの時だったので、
このメールで心が楽になるどころか、疎外感を味わって逆に胸が痛くなってしまいました。。。
今でもまだこのメールがすごく引っかかっていて、
何でそんなにこのメールが「心無い内容」と思ってしまったのか・・・
自分の中でも解決したいので、いろいろ考えてみたのですが、
ブログの読者や同じ報告をした周りの人達からの温かい言葉を受るにつれ、
やっと原因が分かりました。
「ご愁傷様でした」という言葉自体が悪いわけじゃなくて、
問題はその言葉一言だけだったという事実が私の心を傷つけたんだと思います。
気持ちを一言で極端に表すとしたら「それだけ?」ってことになるかな。。。
この気持ち、うまく説明できないけど、
とても親しい仲の相手なのに、「ご愁傷様でした」という、
親しさの度合いに拘らず万人共通のお悔やみ言葉だけしか掛けてもらえなかった、
というのが淋しかったんだと思います。
弱ってただけに、
「それはすごく辛いね。 大丈夫?」
みたいな私の心持ちを理解し気遣う姿勢の言葉を期待しちゃってたんです、多分。
でも、これって、私の期待が大き過ぎたのでしょうか。。。
やっぱり私の考え方、甘過ぎなのかな。。。
この「ご愁傷さま」という言葉、残念ながら日常会話でも「おあいにく様!」
みたいな嫌味なニュアンスで使われていることもありますよね。
言葉のトーンが聞こえてこないメールでのやり取りだっただけに、
必要以上に当惑してしまったのかな。。。
もちろんそんな嫌味なニュアンスで言ってないのは承知なのですが。。。
それにしても、お悔やみの言葉を掛けるのって、本当にすごく難しいですよね。
でもだからこそ、お決まりの言葉のみで終わらせず、ほかの言葉を探して、選んで、
なんとか温かい言葉を掛けようと努力してくれた方々のその思いやりに、深く感謝します。
言葉を超えて、気持ちが十分伝わってきて、本当に嬉しかったです。
特にブログなどを通してコメントしてくださった方々、見ず知らずの私が相手にも拘らず、
その素晴らしい思いやりを私に向けて下さり、本当にありがとうございました。
ご心配・お気遣いいただいておりますが、
お陰様で、寝込んだり、気落ちが酷く塞いでたりということはないので、
今のところ大丈夫です。
記事アップを出来なかった日が続いてしまいましたが、精神的にも大分落ち着いてきましたので、また前のように毎日ブログ更新できるようにしたいと思います。
これからも応援よろしくお願い致します☆